YUU BLOG

男性保育士4年目の日常をお届けいたします。

15歳の時に某高校の文化祭で爆発事故に巻き込まれ顔と腕が焼かれ見た目がゾンビになってしまった

今から10年以上も前になる話しだ。

 

当時中学3年生の私は

進学を考えていた

某東京の学校の文化祭にいった。

 

その時の記憶は

今でもはっきりと

覚えている。

 

私は焼きそばの模擬店に

最前列に並んでいた。

お金を払い待っていると

突然何かが破裂した音がした。

瞬間的に突風が襲ってきた。

私は無意識に

目をつぶるほかなかった。

 

私は体中痛みを感じた!

熱いのではなく痛いのだ!

 

周りの叫び声が

かすかに聞こる中で

 

私はすぐ隣にあった

水道場に行って必死に

顔を洗っていた。

 

その時はなにが起こったか

なんてより今までにない痛みが

私を襲っていた。

救急車が到着して

運ばれるまで

私はずっと痛いと

言い続けた。

救急搬送された私は

麻酔を打たれ意識が

戻った時には

痛みがなくなっていた。

もうすっかり痛みもないが

腕は全身包帯、顔の状態は

自分ではわからなかったが

とにかく痛みが治まりほっとした。

 

しばらくすると

両親が駆けつけてくれた。

その時の母の顔は今でも忘れない。

私を見た時母は号泣していた。

私は相当ひどい状態であると悟った。

 

私は一般病棟ではなく

重症病棟にいった。

3日間はトイレにも

行けず点滴で過ごした。

思ったよりも早く

3日間で動けるようにもなり

一般病棟へ移った。

私自身も腕は結構なものだが

それ以外は大丈夫なのだろうと

思っていた。

だが一般病棟に移った

晩の深夜のトイレで

悲劇が起こった。

用を足して手を洗おうとした時

鏡を見ようとしたら

顔がゾンビみたいになっていた。

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真っ赤になった皮膚

焦げてとれかかっている皮膚

 

私は病院での怪奇現象かと

おもったが数秒後に悟った。

これは正真正銘私の顔だ。

そこで私は絶望した。

 

1週間で退院したが

今まで通りの

生活ができないので

両親に風呂で身体を

洗ってもらったりして過ごした。

当然学校には

しばらく行けてなかった。

 

 

ある日友達が家にやってきて

母に前々から私に会いたいと

いっていた子がいた様だ。

当時仲がよかった豪くん(たけしくん)

母は今の私の状態を

みて断っていたが

豪くんは「おばさん!

俺どんな状態でも会いに行きますから!」

といったそうだ。

1週間後母は渋々了承した

みたいだが

私はもちろん会いたくなかった

こんなに醜い顔を友人に

見せれないと思っていた。

豪くんは

私が当時仲が良かった

野球部のメンバー4人

(山本くん藤田くん楢崎くん鹿島くん)を

誘っていたみたいだ。

その4人が私に会いに来た。

顔を見せるのが嫌だった。

顔を見せることで

彼らはこんな顔になった

やつを友だちだと思うのは

今後嫌になるだろうと思っていた。

だが彼らは普段と

何も変わらず顔を見ても

びっくりした様子もなく

他愛もない会話をしてくれた。

その時に私は感極まって涙がでた。

彼らが私に希望をくれたのだ。

それから私は学校に行くことができた。

 

 

その後高校1年生になるころには

顔の皮膚は再生されほぼ治っていた。

27歳になり色んな人に

支えられて乗り越えて

これたことが沢山あると感じている。

まだまだ私の波乱ストーリーが

あるので続きもランダムに

更新したいと思います。

同窓会したいな~

連絡先も今では知らなく

どこでなにをしているのか

結婚はしているのかも

わからないので会いたい!